突然ですが、僕の奥さんは、クラシックの音楽家なので、時おり一緒にクラシックのコンサートへ行くことがあります。
昨日も、奥さんの知人のアンサンブルの演奏会へ行ってきました。
その日の演目は、
18世紀、19世紀、20世紀、21世紀と、
それぞれの時代のクラシック音楽を演奏する内容でした。
僕は音楽の専門知識はほとんどありません。
正直、クラシックについて詳しいわけでもないです。というか、よくわからない(笑)
一方で、奥さんはアニマルコミュニケーションについて詳しくないし、当然アニマルコミュニケーターでもありません。
僕の能力を「良いよね」と羨ましく思うことはあるみたいですが、僕の頭の中は未知な部分が多いらしいです。
まぁだから、お互いに「相手の専門分野はよくわからない」という部分があります。
でも昨日、演奏を聴きながら、ふと思ったことがありました。
それが、
【歴史があることは一緒】だということ。
もちろん、
「いやいや、そんなの全部の分野に言えるでしょ」
と言われたら、それはそうなのかもしれません。
でも僕の中では、なんだか凄く重く思えたんですよね。
18世紀〜19世紀を生きたベートーベンやモーツァルト。
僕は音楽の教科書で見た程度の知識しかありません。
それでも、何世紀も経った今でも、世界中で演奏され、受け継がれている。
それって、改めて凄いことだなと思いました。
そして、アニマルコミュニケーションも少し似ているなと思ったんです。
アニマルコミュニケーションも、昔から存在していたものだと思っています。
アニマルコミュニケーションは、最近突然生まれたものではありません。
名前や形は違っても、
人と動物が心を通わせようとしてきた歴史は、もっともっと昔から存在していたと思います。
犬と生きてきた人類の歴史の中で、
• 動物の気持ちを感じ取ろうとした人
• 言葉を超えて理解しようとした人
• 【命】として向き合おうとした人
は、きっと昔からいたはずです。
時代が変わっても、
それが完全には消えず、今も受け継がれている。
そこに、僕は少しなんだか奇跡みたいなものを感じるんですよね。
何世紀も残るものには理由がある
もちろん、アニマルコミュニケーションには色んな意見があります。
でも、何百年も「人と動物の心を繋ぎたい」という想いが残り続けてきたのには、やっぱり理由がある気がするんです。
僕は、犬専門アニマルコミュニケーターとして、
「犬と飼い主さんの関係を、もっと深く繋げたい」
そう思いながら活動しています。
そしていつか。
海外の大学で特別講演ができるくらいには、ちゃんとこの世界を伝えられる人になりたい。
まずは…
ハーバード大学か、オックスフォードかな。笑
でも案外、本気です。
🐶犬専門アニマルコミュニケーターKoKo
🌺沖縄ユタ
KoKo



